SO IN THE WORLD
あの事件から、もう1年が経とうとしている。
待ち合わせのもみの木の下。クリスマスイルミネーションを見上げ、私はそのことに気がついたのだった。
K事件によって死亡した、あの人。
あの人たち2人の公式記録は、「殉職」ということになっている。
事実を公にすることはできない以上、それは仕方のないことだったのかもしれない。
――なぜ、あなたたちは。
その道を選んだの?
引き返すことができなかったの?
他の選択肢はなかったの?
そうすれば、今も。
――私は、貴方の近くに居られたのに。
マフラーをきつく巻きなおし、唇の震えを寒さの所為にした。
イルミネーションは寒々しいほどの光を投げて、道行く人々の明るい笑顔を照らし出している。
いつのまにか私はその光に見入っていた。
――息が、白い。
それは呼気中の水分。
それは私が呼吸し、体温を持っているということ。
――それは私が、生きているということ。
子供の頃、生活科や理科で習った内容が、別の意味を持って私の中に潜んでいる。
――死者と生者、ともに時間をとめることはできず、時間に引き裂かれたが故にもう二度と会うことのない笑顔。
彼らの為に散々泣き腫らした視界は、今更潤むことはなかった。
遠くから、金ちゃんの声が聞こえた。
現実に引き戻されて、腕時計を覗き込む。
約束の時間を2分、過ぎていた。
「すみません、遅れてしまいました。…なんだってこんなにカップルが多いのですか?聖誕祭をこんなに騒々しく祝うなんて…」
「あ、もしかして。駅前の混雑に捉まってた?」
駅前の広場に、今はカップルがごった返しているはずだ。何でも商店街が共同でキャンペーンを打っているとかで…カップル限定参加の大会まで開いているのだが、その優勝賞品は、なんと高級ホテルの豪華ディナー付きクリスマス当日宿泊券だとか。芦茂さんが一緒に参加しないかと呼びかけてきたけど、何の大会かと聞いたら逃げ帰ってしまった。そりゃまあ、ディープキス耐久時間対抗の競技なんて、セクハラで訴えられるだけでは済まないだろう。
「ええ、その通りです。こんなことなら、タクシーを使うべきでした」
本気で悔しそうな金ちゃんに、思わず笑みが零れる。
「まあ、この国ではね。お祭り騒ぎって言葉もあるくらい、楽しめる時には楽しんじゃおうっていう、風習みたいなものがあるのよ」
納得のいっていなさそうな少女を見て、私は笑った。
「じゃ、行こっか、金ちゃん。提出書類は揃ってる?」
「ええ、識子さんこそ。前みたいに別の事件のデータ提出しようとしたり、しないでくださいね」
「あはは…まあ、あんな失敗もうしないって。さ、行こ行こ!」
そして、私は歩き出す。日常の仕事の中へと埋没して、あなたたちを忘れるために。
さよなら。大好きだった人。