凪
風が、凪いだ。
「で、それは本気なのか?」
夜は徐々にその領域を広げ、夕刻の空が西に消えようとしている。
海からの風が止んだ丘で、左足を投げ出すように、しかし庇う様にして腰を下ろした男は、そうゆっくりと口にした。
言葉を受けて、赤い短髪の女――まだ、年若い――は、笑っているとも、怒っているともつかない表情を浮かべ、凪の中に花の束を落とした。夏の象徴のような、大輪の向日葵。
崖の上から、海までの距離。束ねただけの花は解けながらまっすぐに海へと向かう。
「ああ。――マジプシーたちも、もういない。タネヒネリもいいが、それならな」
オソヘ再建は、もう意味がない。
そもそもオバケたちが自分に何も言わなかったときから、おかしいと思うこともできたはずなのだ。
最後の名残だった城も崩れて、偽物の真実はもうどこにもない。
身寄りなど、元からなかった。それを知っただけでも、少し、気が晴れた。
それなら――滅びたという世界を、見に行くのも一興だ。
彼女はそう言ったのだ。
気がつけば、また風は吹き付けて。指の間に風を感じながら、クマトラは静かに目を閉じた。
「愚かだと思うなら、勝手に思っておけ。
……オレは、お前たちのように強くはなれない」
展望台予定地、と書かれていた看板が、折れて転がっていた。
――こんな場所に、展望台など意味があったのか。
この海の果て、続くのは滅びた世界。
「思わないよ。
……風が強くなってきた。
……本気なのか?」
不自由な左足を引き摺り、男は立ち上がる。ズボンに付いた土埃を払いながら、もう一度尋ねる。
「まだ繰り返すのか?オレは」
「一緒に行こう」
振り返った。大きく伸びをする男の顔は、いつもと同じ。飄々として、とらえどころのない細い目。
「どうせまた君のことだから、深刻に考えすぎてるんだろう。
この島では家族なんて皆ツクリモノなんだから、悩むことはないのに。
……誰からも愛されてないと思うなら、そう思っておけばいい。
俺は、勝手に君についていく。それだけ」
まだ、空には茜が伸びている。
おそらくは、夏の残滓を帯びた陽に、顔がさらされているだけだ。
――そうでなければ、この唐突な熱の正体がわからない。
「……勝手だな」
ダスターは、あいまいな笑みを浮かべただけだった。